ブログ・発見の発見/科学と言葉 [2006年12月~令和元年まで]

2020年6月22日、本サイトの更新と過去の記事はhttp://yakuruma.blog.fc2.com/ に移転しました。当面、令和元年までの記事が残されています。

以前のタイトル:ブログ・発見の「発見」―科学上の発見から意味を発見―

2007年に本ブログを開始したときは、ウェブサイト上の科学に関するニュース記事(BBCニュース、ニューヨークタイムス、および日本の有名新聞サイト)に関するコメントとして記事を書き始めました。現在、当初のようにニュース記事に限定することなく、一般書籍や筆者自身の記事を含め、本ブログ記事以外の何らかの科学に関わる記事に対するコメント、具体的には感想、紹介、注釈などの記事を書いています。(2019年4月)

放射線許容しきい値問題と低線量(率)放射線が健康に良いという説への私見 ― 少なくとも現在認められているしきい値には正当な根拠があるように思われる

放射線許容しきい値問題と低線量(率)放射線が健康に良いという説への私見 ― 直線仮説支持者の論拠としきい値理論の文献を一般人の立場から検討して見た結果、少なくとも現在認められているしきい値には正当な根拠があるように思います。

先般、別のブログに2度にわたってメモを書いたのですが、その続編になります。こちらのブログに掲載する方が適切であると思いましたので、当ブログに掲載します。前回までの2回の記事は下記です。
http://takaragaku.blogspot.com/2011/04/u_11.html
http://takaragaku.blogspot.com/2011/04/u.html

上記ブログ記事のとおり、稲恭宏博士の講演ビデオに強い印象を受けたことをきっかけに、7日と引き続いて11日に、多少自分で調べたことと考えたことを併せて、メモをこのブログで公開しました。その後も私の立場と境遇から言えば他の事に時間を使うべきとの気持ちを抑えて、この問題に時間を割くことを余儀なくさせられる気分から逃れることができず、自分なりにネットで放射線に関する勉強と調査を続けました。主に次の2つのサイトです。

(1) http://rcwww.kek.jp/kurasi/index.html 「暮らしの中の放射線
(2) http://www.iips.co.jp/rah/index.htm 放射線と健康を考える会ホームページ

さらにツイッター情報からのリンクで次の2つのファイルを参照しました。

(3) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14610281
Brenner DJ, Doll R, Goodhead DT., et al. "Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: assessing what we really know." Proc Natl Acad Sci U S A. (2003) Nov 25;100(24):13761-6.
(4) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15987704
Cardis E, Vrijheid M. Blettner M., et al. "Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries." BMJ (2005) 9;331(7508): 77

(5) http://peacephilosophy.blogspot.com/2011/04/blog-post_20.html
沢田昭二『放射線による内部被曝』−福島原発事故に関連して−

(1)は放射線科学センターのサイトで公開している「暮らしの中の放射線」という一般向けの解説で、素人が放射線全般についての基礎知識を手っ取り早く仕入れるか整理するのに非常に有益なファイルだと思います。(2)、(3)、および(4)の文献を理解するのに有益でした。次のような認識を得ることができました。
1.自然放射線には大地からのガンマ線と吸引空気に含まれるラドン由来のアルファ線β線の呼吸器からの吸収、それに加えて宇宙線の3種があり、自然放射線という場合はこの3つの合計を指すが、普通、データとして取り上げられるのは大地のガンマ線宇宙線(この成分は強度と共に高度によって変わるようでもあり、まだ良く判らない)の2つの合計を指す場合が多い。しかし地域で比較する場合は大地からのガンマ線だけをデータと指定掲げている場合も多いようだ。
2.体外被曝は事実上ガンマ線被ばくと同一視されている。地域の自然放射線はグレイの単位で表されるが、ガンマ線の場合はシーベルトとグレイが同一の数値になるので、グレイをシーベルトとみなせる。
3.低線量放射線の健康リスクを調査する場合のデータとしてはガンマ線の体外被曝のみで調査されているケースが多いようである。前記③と④もそうである。

以上の3項目を抑えておくことは、この問題を考え、評価する上で重要なポイントになると思います。

まず、(2)の放射線と健康を考える会のサイトにはサイトで作成された記事と参照文献を含め相当に多量の資料があります。両者を含めて内容は基本的に2つにカテゴリーにに分けられるようです。1つは放射線が細胞に及ぼす影響と、細胞の持つ防御機能や修復機能の分子生物学的なメカニズムに関するもので、この種の文献は一部を読みましたが、正直なところ、素人が細部まで理解するには難しい内容です。ただ、放射線が染色体を破損するだけではなく、それを修復するメカニズムや防御機能を備えていることは解ったように思います。この種の機構については直線仮説論者は何れも全く言及することがない場合が多い、とくに素人向けの説明では無視して飛ばしている場合が多いと言えます。

他方のカテゴリーは、現実のデータ、すなわち被ばく線量や線量率とがん死亡率その他の調査結果(疫学調査)に類するものです。こちらは統計学的な問題はありますが、高度な分子生物学的なメカニズムは関係がないので、基本的に一般人にも評価できる種類のものです。あと、これに含まれる下も知れませんが、公的機関やオーソリティーの作成した基準や声明文などがあります。これには件のビデオで京都大学の小出氏が準拠していたアメリカ科学アカデミーの基準のソースと思われる報告書も含まれています。

これらの資料を全部ではないものの、通読したり、ざっと目を通したり、拾い読みして行きましたがその時点での個人的な印象では、まず、放射線のもたらす健康リスクに「しきい値」が存在すること自体は確実である印象をうけました。いまここで具体的にどの資料、報告書のどのような記述からどういう結論が得られたかということをすべて述べることはできませんが、その時の気持ちを1つのフレーズで代弁していると思える文章が、やはりこの中に含まれていたフランス医学アカデミーによる声明の中の次のフレーズです。

『この仮説(しきい値なし直線仮説)は自己矛盾であり、科学的には強く批判されており、また実験的、疫学的データと矛盾している 』

前回の記事でチェルノブイリや広島長崎被爆者の断片的なデータではなく総合的なデータが一般にはあまり公表されていないように思われる―と書いたのですが、そのようなデータもこれらの文献には含まれていました。やはり、世界的に現在の放射線被ばく基準というのは広島長崎のデータが基準にされていたわけですね。

というわけで、少なくとも放射線被ばくによる健康リスクにしきい値があるという考え方を理解できたつもりになったのですが、その後もツイッター情報からのリンクで、「放射線はわずかな線量でも、確率的に健康に影響を与える可能性があります。」として、しきい値説否定論者(年間100mシーベルト以下というしきい値による基準が不適切であるとする)と思われる慶応大学の近藤誠氏の論説が掲載されているいるページhttp://smc-japan.org/?p=1627にアクセスしたところ、近藤氏は前記(3)および(4)を論拠としていたわけです。それで、この両論文のfree text を一応、慣れない医学論文ですが大ざっぱに読んで見ました。以下の箇条書きはこの両論文に対するコメントです。次のような問題点があると言えます。

◆ 何れもX線とγ線被ばくのみを対象とした、がん死亡率の調査であって原爆被爆者のデータもX線γ線による外部被ばくのみのデータを使用している。
◆ (1)では短期的な被ばくデータとして原爆被爆者のデータが考察されている。の図2によれば、爆心地から離れた被曝線量が5mSv以下の被爆者のデータと5〜100mSvの範囲は統計的に有意でないと書かれており、またデータにも殆ど差が見られないが、本文では明確なデータのないバイアスを加味した上で、別の研究による処の(がん死亡率ではなく)がん発生率のデータを考慮した上でで統計的に有意であるとしている。

◆ (1)では長期的な被ばくの例として核施設労働者のデータも紹介されているが、これは(2)で詳しく扱われている。(2)と大体同じ考察がされている。

◆ (1)において、総合的には低線量被ばくによる健康リスクの有意な値を直接に見積もることができるようになるとは思われないとし、また疫学的データのみで線量と反応の関係を確立することはできないとし、いわゆる外挿という手法で関係の確率を試みているという事ができ、そこにがん発生率のデータを加味したり、分子生物学的な理論を用いている。この辺りの議論は専門的で理解困難であるが、外挿をするうえで異なる結果をもたらすいくつかの理論が紹介されている。

◆ 最後の方でしきい値を与える可能性のある理論や健康に良い影響を与えるとするホルメチック反応の理論やそれを実証する動物実験なども紹介されている。また染色体ではなく免疫に影響を与えるといった文献も引かれている。

◆ 以上のような考察の上で、結論として、微妙な表現が続いているのであるが、最終的に「Given that it is supported by experimentally grounded, quantifiable, biophysical arguments, a linear extrapolation of cancer risks from intermediate to very low doses currently appears to be the most appropriate methodology.」となっている。

以上を 要するに、この論文でも結論はあくまで理論その他の類推を根拠に外挿「 linear extrapolation of cancer risks」によっているのであって、直接のデータによる確定的なものではないといえると思います。

次に(2)の論文ですが、これは数カ国の核施設の労働者の被ばくデータを元にした考察です。これに対するコメントを列挙するとつぎのようになります。

◆ これも同様にX線γ線の外部被ばくのみに関するデータであり、体内被曝と中性子被ばくの可能性のある(10%以上)被験者は除外されている。これは体内被曝のデータはシステマティックに得ることが難しいためとされている。また原爆被爆者のデータで体内被曝の可能性が無視されているのは①と同様。

白血病とタバコの影響が大きいと思われる肺がんなどが除外されている。

◆ 結果は図http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC558612/figure/fig2/のようにプロットされている。国と施設によってかなり差があるが、本文では、最大のリスク値を示すカナダを除外すると相対リスクはゼロと有意差がなくなるとしているが、全体では(combined)相対リスクがゼロよりも高くなっている。個人的な印象ではカナダともう一つUSA-ORNLのデータが特別高く、この2つを除外すると、全体では事実上、完全にゼロになる。

◆ これらの相対リスクデータは原爆被爆者のデータ直線的に外挿したデータに適合しているとされている。しかし原爆被爆者のデータと併せて相対リスク値が有意になるとは書かれていないので、有意データにならない事に変わりはない。

白血病のデータは別にあり、それによるとゼロと有意差はないものの、過去の核施設作業者の調査データと適合し、原爆被爆者データとも近いとしているが、それで有意になっているわけでもない。

以上、2つの論文、共に専門的に評価することは勿論できませんが、結果と著者の考察はかなりクリティカルなものであるということと、X線γ線による以外のデータしか用いられていない事が問題だと言えます。(1)ではアルファ線などの体内被曝でも同じ結果が得られるであろうという表現をしていますが、後になってから見るとこれはおかしいのであって、被験者(この場合は原爆被爆者)が体内被曝をしている可能性を無視していることから、逆にX線γ線のみによるこの研究自体に問題があることを覆い隠している表現では無いかとも思われるわけです。(2)では体内被曝と中性子被曝の可能性がある被験者を除外しているとされているものの、比較されている原爆被爆者のデータでは体内被曝の可能性を除外できていないのは(1)と同様であり、下記(6)論文で批判されているように原爆被爆者が多量の体内被曝を含む残留放射線を被曝している事が確実である以上、これは原爆被爆者のデータと適合しているとは言えなくなります。

これら2つの論文に当たった後、もう一度、「放射線と健康を考える会」ホームページの資料に当たってみました。そうすると前記①の論文の部分和訳もここにあったのです。『低線量の電離放射線によるがんリスク:現在の評価』 http://www.iips.co.jp/rah/spotlight/kassei/matu_1.htm (スポットライトというカテゴリーのリンクに含まれています)。それだけこのサイトには関連資料が網羅されているとことが解ります。

その時にもう一つ、改めて目に止まった資料が次のファイルです。(同じ「すぽっとらいと」のリンク)
(6)被爆者の疫学的データから導いた線量−反応関係−しきい値の存在についての考察−」http://www.iips.co.jp/rah/spotlight/kassei/matu_1.htm
これはそれまで原爆被爆者に対して行われている疫学調査の基本となっていた放射線影響研究所(RERF)のデータが原爆炸裂時の直接的放射線線量だけを対象にし、原爆炸裂後の残留放射線や放射性汚染物質による体内被曝(β線γ線)を無視していることに着目し、有名な「黒い雨」や飛散物の降下データなどを解析した上で、原爆炸裂時の被曝線量にそれらの被曝を加味して再検討しています。この考え方は全く誰が見ても正当であり、無視する事は許されないと思います。少なくとも、従来のデータと結論に問題があり、不完全であることは証明されていると言えます。この報告によれば、「少なくとも発がんのしきい値は0.37Sv(370mSv)ということになる。」という結論になっています。」これは現在のしきい値とされている100mSvの三倍以上になります。

前記、近藤誠氏が準拠する2つの論文も、原爆被爆者のデータに関しては基本的にRERFと同じであると考えられます。第一両者ともγ線被曝しか検討の範囲に入れられていないわけですから。

(5)の論考では内部被曝の重要性を強調することにより、直線仮説を採用すべきであると主張しているわけですが、こうしてみると、直線仮説の採用を推奨している研究は内部被曝の線量を無視したものであり、逆に内部被曝の線量を考慮した研究ではしきい値モデルを使用することの正当性を明らかにしていると言えます。

内部被曝の重要性を解説、論証した部分は何れも正当なものだと思います。しかし、低線量被曝の問題、特にしきい値線量を批判する部分では次のような問題があります。

◆ 「しきい値線量の考え方」を「古い」と決めつけていること。何を根拠に「古い」と言えるのかを説明していない。後の方で「バイススタンダー効果」によって「低線量被曝の方が深刻な傷害を引き起こす可能性も示唆されている」と書かれているだけで、これだけで「古い」と決めつけるのはどうかと思われる。現にしきい値を採用している権威ある組織や学者が多数あるのに「古い」というのは一方的である。
◆ 論拠とするデータに急性症状のデータが用いられ、グラフの単位もmSvではなくSvを用いている。
◆ 「直漠被爆者」と「非被爆者」の「悪性新生物による死亡率」を被曝線量によって比較したグラフを論拠として直線モデルを作成して死亡率への影響を計算しているが、これもグラフの単位がmSvではなくSvであり、データの間隔も荒い。直接被爆者と非被爆者とで比較しているが、直接被爆者とは原爆炸裂時の被爆者とすればこのデータも内部被曝を全く考慮していない事になる。

以上を要するに、(4)では内部被曝の重要性を指摘しそのメカニズムの説明として、個々の指摘は正当であり、被曝の実情を知る上で有益であると思いますが、この問題と低線量被曝の問題が整理されておらず、入り組んだ説明になっているように思われます。低線量のしきい値について議論する論拠として急性症状のグラフを用いたり、がん死亡率のグラフにしても低線量の影響を論じるには単位の大きすぎるデータを用いています。基本的に、は近藤氏の論拠とする論文と同じで、(6)の論文によって乗り越えられていると言えます。つまり、内部被曝を重視しているにもかかわらず、直線モデル使用の論拠としているデータには内部被曝の影響が捨てられており、内部被曝の影響を重視した(6)の論文ではしきい値の存在が明らかにされているといえます。この結論は純粋にしきい値の問題であって、現在福島で適用される基準に内部被曝を考慮するべきであるというような指摘をはじめ、個々の指摘、数量的ではない原理的な、あるいは理論的な指摘にはそれぞれ正当なものがあると思います。しかし、純粋にしきい値の問題としては問題があるのではないでしょうか。

以上、全体を通じて強硬な直線仮説の支持者は科学者、専門家であれ、ジャーナリストであれ、その他であれ、共通して論拠が大ざっぱであり、準拠するデータなり研究が限られています。それに対してしきい値説は多くの場合、原爆被爆者のデータに限っても正当なデータに基づいていると思われます。さらに直線仮説の支持者は自然放射線の高い地域のデータは全く考慮していないし、放射能温泉などの現実を全く無視していると思います。

以上はいわゆるしきい値問題に関して言えることですが、稲博士の主張するような、低線量放射線はむしろ健康に良いという説も、けっして稲博士だけではなく、多くの学者が主張していることであり、それなりの根拠もデータもあることが判りました。少なくとも(6)の研究で370mSvというしきい値が出されていることを参考にすると、現在問題になっている100mSvというしきい値に基づいた基準には問題はないのではないかという印象です。

もちろん、体内被曝や呼吸やその他諸々の詳細な考慮すべき要素についてこの私見で判断することはできませんが、少なくともしきい値の存在は認めるべきだと思います。この点で先にも引用したフランス医学アカデミー声明文中の『この仮説(しきい値なし直線仮説)は自己矛盾であり、科学的には強く批判されており、また実験的、疫学的データと矛盾している 』という主張はやはり正当であり、尊重すべきでしょう。

現在、低線量放射線被ばくに直線仮説を使用すべきとの論調には、「原発事故の責任を追及するためにこれは譲れない」という意識が込められているように思います。この意識は超克すべきものではないでしょうか。しきい値モデルを使用するかどうかという問題は純粋に国民や被災者の福利のために議論すべきであり、原発の是非、事故の責任問題とは完全に切り離すべきではないでしょうか。そのように考えると、放射線によるがん死亡リスクの問題を他のがん死亡リスク要素の問題、タバコや大気汚染その他の発がん物質の規制問題と比較して論じることもでき、冷静な議論ができるのではないでしょうか。

そのように考えると、放射性物質で汚染された土壌や食物について、過去の実体はどうであったのかというような問題をも参考にすべきではないかと思います。過去の例と言えば常に原爆とチェルノブイリ事故とが参照されるわけですが、まだあまり取り上げられることが少ない例として1960年代に行われた大国による大気中核実験の影響があります。たとえば、冒頭に引用した高エネルギー研の「暮らしの中の放射線http://rcwww.kek.jp/kurasi/index.html には当時の日本のデータが一部掲載されています。またツイッターの東大早野教授のリンクから次のような資料が紹介されていました。http://rms1.agsearch.agropedia.affrc.go.jp/contents/JASI/pdf/JASI/72-4549.pdf こういう資料も公式な基準値以外に、国民自身も判断材料に使うべきでしょう。難しいですが。少なくとも識者にはこういう資料も参考にして欲しいものだと思います。また現在は日本からの輸出が問題になっていますが、本来日本は穀物の輸入国であるわけで、過去の輸入元の国ではどうであったのかという事など、いろいろ気になることも出てきます。

以上。