ブログ・発見の発見/科学と言葉 [2006年12月~令和元年まで]

2020年6月22日、本サイトの更新と過去の記事はhttp://yakuruma.blog.fc2.com/ に移転しました。当面、令和元年までの記事が残されています。

以前のタイトル:ブログ・発見の「発見」―科学上の発見から意味を発見―

2007年に本ブログを開始したときは、ウェブサイト上の科学に関するニュース記事(BBCニュース、ニューヨークタイムス、および日本の有名新聞サイト)に関するコメントとして記事を書き始めました。現在、当初のようにニュース記事に限定することなく、一般書籍や筆者自身の記事を含め、本ブログ記事以外の何らかの科学に関わる記事に対するコメント、具体的には感想、紹介、注釈などの記事を書いています。(2019年4月)

動物に対する人間のアンビバレントな絆と感情

もう一ヶ月が過ぎ、アーカイブに入るころかも知れないが、人と動物との関わりに関する興味深い記事があって、これは「発見」の方ではなく、「動物・植物ニュース」の方にリストアップした。
(07/10/02) The Ambivalent Bond With a Ball of Fur (N), by NATALIE ANGIER
http://www.nytimes.com/2007/10/02/science/02angier.html?ref=science

個人的な体験から筆を起こした内容で、何かニュース記事ではなくて専門家によるエッセーのような印象だが、NYタイムズ科学記事に付けられている幾つかのカテゴリーの中で「Basics」という範疇の記事を担当している人による、「Basics」の記事である。内容を読むと、確かに「Basics」の範疇に入るものだと納得できるのだが、ただこの記事の場合のBasicsは科学そのものの基礎、つまり科学内部の基礎的な部分というよりも科学の外から科学を支える、というか包んでいるというか、矛盾をも含めて成り立たせているとでも言うか、そういう意味での基礎とでも言うべきもので、それ自体は現代科学の範疇には収まらないものだ。

この記事の文章には難解な部分があり、また首尾一貫した明快な内容とも思えないが、ともかくペットを失った時の悲しみと肉親を失った時の悲しみとの比較、最近に報じられた、Alexという賢いオウムが死んだニュースに対する人々の愛惜の反応と、親族ではなく愛犬に莫大な遺産を残した資産家と その飼い犬に一般人から向けられた、前者とは対照的な、冷笑的な反応などを分析し、同時に増加する一方のペット飼育人口とペット産業などにも触れている。

この記事自体には結論めいたものは無く、筆者の感情的なものの表明で終わっているように思われたが、中程ではこういう人間心理の一つの総括として、ハーバードの心理学教授で、「Wild Minds: What Animals Really Think,」 という本の著者であるMarc Hauserの言葉が引用される。それによると人間一般には動物に対するアンビバレントな絆、感情があることは認めなければならない。一方で動物を仲間と考え、動物なしの環境を想像することが出来ないほどでありながら、他方で人間が動物的であることを恥とし、動物を資源としか見なさない態度である。先に述べた科学の「basics」という意味では、動物に対するこういったアンビバレントな立場と感情が、科学するという態度においてもその底流に存在することを認める必要があるということだろうか。

“Wild Minds: What Animals Really Think,” という本をアマゾンで調べてみた。著者のMarc Hauser教授には随分多くの著書があり、行動神経科学という分野の専門家であることも分かった。
http://www.amazon.co.jp/Wild-Minds-Animals-Really-Think/dp/080505670X/ref=sr_1_16/503-8197424-6143106?ie=UTF8&s=english-books&qid=1194140537&sr=8-16

これには二つの紹介ないし批評文が掲載されている。ニュースの記事の中で著者は心理学教授としか紹介されていないが、この二つの紹介文では行動神経科学者、また動物科学者として紹介されている。二つ目の「From Publishers Weekly」の記事によれば、著者は動物を自動機械のように見なす科学者と、動物を人間と同種の存在と見なす一般人とのバランスをとりながらも、基本的に行動主義的な見方に傾き、動物にとってエモーションが行動の中心になっているという、著者の立場とは矛盾していると指摘しているようであり、これは魅力的な概説書であるとしながらも、解答をもたらしてくれるよりも疑問を提起するところの多い書物としている。何となく内容が、というより、傾向が推測できそうな気がする。

この論評からも解るように、この本は表題通りに動物の「マインド」を取扱ったものである事がわかる。NYタイムズ記事に引用された動物に対する人間のアンビバレントな絆云々という言及は動物の方ではなく、人間についての言及であり、重要な問題ではあるが、これは著者の専門である動物学にも、行動神経学にも属さない問題であって、この著書でこれが述べられていたとすれば、それはテーマからは離れた余談としてであろう。とすれば、この問題はどういう分野で扱うべき問題なのだろうか。

この問題は大抵の人が気づき、多かれ少なかれ、意識している問題であるといえる。科学上の問題ではなく、倫理の問題のようにも思えるし、宗教、イデオロギーの問題ともいえる。事実この記事に対して読者から寄せられたメールが後日の記事で紹介されているが、それはベジタリアンからの意見であって、菜食主義というのは一つのイデオロギーだろう。
 Letters http://www.nytimes.com/2007/10/09/science/09lett.html?ref=science

しかし、この問題を学問的に扱うとすれば、それはどのような分野になるのだろうか。これは心の問題であり、自然科学ではなく人文科学の問題だともいえる。それでも自然科学であるエコロジーはこの問題に対応し、扱おうとしているようにも思われる。