ブログ・発見の発見/科学と言葉 [2006年12月~令和元年まで]

2020年6月22日、本サイトの更新と過去の記事はhttp://yakuruma.blog.fc2.com/ に移転しました。当面、令和元年までの記事が残されています。

以前のタイトル:ブログ・発見の「発見」―科学上の発見から意味を発見―

2007年に本ブログを開始したときは、ウェブサイト上の科学に関するニュース記事(BBCニュース、ニューヨークタイムス、および日本の有名新聞サイト)に関するコメントとして記事を書き始めました。現在、当初のようにニュース記事に限定することなく、一般書籍や筆者自身の記事を含め、本ブログ記事以外の何らかの科学に関わる記事に対するコメント、具体的には感想、紹介、注釈などの記事を書いています。(2019年4月)

過敏性腸症候群の心身相関の問題

引き続き、脳科学と銘打たれるもののみならず、一般の心理学、あるいは医学などの分野を含めて心身に関わる興味深い発見の科学ニュースが次々と出てきている。
その中で次のNYタイムズのニュースは、心身症的な印象が強い過敏性腸症候群についての考え方の変遷と最近の発見を解説したもので、特別新しい事ばかりでもないが、非常に興味深いものを多く含んでいる。
(08/09/01) Let the Mind Help Tame an Irritable Bowel (N) http://www.nytimes.com/2008/09/02/health/02brod.html?ref=science

このニュースを要約すると:
過敏性腸症候群IBS)は人口の15%が持っており、その半数が医療機関を訪れている。
・腸には中枢神経系にある以上の数の神経細胞があり、脳に直結していて、第2の脳とも呼ばれ、セロトニンの95%が存在している。
・それゆえ、腸機能の不調は心身の関係に強い結びつきを持っていると考えられ、過去には、IBSは原因のすべてが頭の中にあり、身体に異常はないのだと、患者は告げられることもあったが、それに対する反動もあって、最近ではこの病気の心因性については強調されない傾向にある。というのは、IBSは感情的なものが原因で起きるという訳ではなく、感情的なものが症状を悪化させるというべきだからである。
・最近になってまた異なった面での発見があり、考え方が別の方向に向けられた。
それは、IBSは原因は分からないものの、真の生理的機能障害である。というのも、最近の研究ではIBSの患者はセロトニン受容体の数が少ないことが分かり、セロトニンの再吸収を防止する薬剤によって治癒される事もあることが分かった。
・多くのケースでは麦類、乳製品など、原因となる食品や食品のとりかたによって誘発されるので、記録をとって誘発する食品を突き止める事によって防止できる。

以上が現在主流の考え方であるが、少数派の考えかたとして、心理的なケアーを重視し、体と心との「再結合」を目指す専門家が増えてきていることを紹介している。この部分は「Reuniting Mind and Body」という小見出しになっており、さらに、「New Ways of Thinking」という小見出しが続く。

この部分ではDr. Gerson の説明として、人間関係、特に家族関係が重要で、人間関係の改善、場合によっては離婚などや、催眠療法に効果が認められることなどが述べられ、「The brain has the ability to inhibit sensations from the gut.」といった表現が見られる。

最後に「Questions, Not Tests」という小見出しで、専門家の国際会議の報告を紹介し、結腸の検査をやり過ぎる事への批判を含め、治療法などの現状が要約され、具体的なアドバイスが列挙されると同時に、催眠療法に相当な効果があることも強調されている。

以上の記事を読んで感じたことは、色々のニュアンスの異なった考え方が錯綜しており、整理して何らかの結論めいたことを出すのが難しいという事だ。ただこの記事に触発されて色々な事を考えさせられることは確かである。

まず、内臓の感覚を初めとする身体感覚一般について、改めて考えさせられた事がある。というのも、前回の記事でクオリアについて触れたけれども、こういうものについてはあまり意識していなかったからである。考えてみれば、身体感覚、内臓感覚、さらに身体的痛みや苦痛もクオリアであることに違いがない。クオリアの中でも色は特徴的なものであり、クオリアの代表格として特に取り上げられることが多い。それに対し、痛みは色とはずいぶんとかけ離れたものであり、印象が異なる。クオリアという言葉が使われることによって(個人的には)改めてそれらの共通性が認識させられたことは興味深い事だった。

もう一つは言葉の問題とも言えるが、ここでも身体と心との関係が、身体の部分、すなわち腸と脳との関係に置き換えられているという事である。これは脳よりも多い腸の神経細胞が脳に繋がっており、神経の繋がり、行き先でいえば結局、脳が行き止まりであり、その先がないという事実からそうなってしまうのであろう。

以上のことと関係があると思われるが、IBSで過去に重視された心因性の要因が重視されなくなってきたが、その後再び重視されるようになってきたという事実をどのように考えるかという問題がある。科学史的な問題と言えるが、なぜ、このように考え方が振り子のように振れてきたのかという事である。

やはり、同じ心因性といっても、心についての考え方についていろんなニュアンスがあることが考えられる。端的に言ってその中心に、心と脳とを同一視するかどうかという問題があることは確かだろう。以前にもまして心と脳とを同一視する傾向が強まってきたのか、あるいは逆の傾向も出て来たのか、あるいはどちらとも言えないのか。

結局は、脳と心との問題に収斂してゆく事は確かである。個人的に思う事は、腸などの臓器と脳との関係を科学的に記述するにはあくまで生理的、物理的な要素、言葉で記述すべきであって、どこか途中で脳を心で置き換えることは間違いだと思うし、その逆に、心を主語にスタートした議論がどの時点でか突然に心が脳にすり替えられているということもおかしいと思うのだが。