ブログ・発見の発見/科学と言葉 [2006年12月~令和元年まで]

2020年6月22日、本サイトの更新と過去の記事はhttp://yakuruma.blog.fc2.com/ に移転しました。当面、令和元年までの記事が残されています。

以前のタイトル:ブログ・発見の「発見」―科学上の発見から意味を発見―

2007年に本ブログを開始したときは、ウェブサイト上の科学に関するニュース記事(BBCニュース、ニューヨークタイムス、および日本の有名新聞サイト)に関するコメントとして記事を書き始めました。現在、当初のようにニュース記事に限定することなく、一般書籍や筆者自身の記事を含め、本ブログ記事以外の何らかの科学に関わる記事に対するコメント、具体的には感想、紹介、注釈などの記事を書いています。(2019年4月)

医学・医療・健康情報にまつわる現状についてのNYタイムズ特集記事

今週、ニューヨークタイムズの科学欄では医学情報に関する記事の特集が組まれていた。色々な記事があり、日本にも共通するような、社会の変化や保険の問題にまつわる歪みのような問題や、医師、医療機関との選び方、つきあい方のような記事や、健康についてのエッセーのような記事もあったが、全体として医学情報の増加にどう対処するかといった面に注目して特集が組まれていたようだ。それらの中で、

Searching for Clarity: A Primer on Medical Studies http://www.nytimes.com/2008/09/30/health/30stud.html?ref=science
この記事は日本も含めて一時健康情報の世界を席巻したベータカロチンのがん予防効果に対する評価が、昨年発表された臨床試験の結果から否定されることになったことに絡んで、多くの理論や動物実験、その他の多面的な研究と厳密な臨床試験結果との食い違いの問題について解説している。昨年発表されNYタイムズの記事でも紹介されたたその臨床試験結果はこのブログでも取り上げたが、日本ではそれ程問題になっていないようだ。それでも以前ほどベータカロチンの効果が喧伝されなくなっているので、影響はあるのだろう。ちなみに、最近ではリコピンも効果はないというような研究がやはりNYタイムズで紹介されているが、日本ではあまり取り上げられていない。

上記記事では、ベータカロチンの効果が否定されたことに対して反論があることも紹介されているが、全体として、生物統計学の専門家の解説を通して、「厳密な」無作為化臨床試験の結果の正当性を証明し、理論や実験室的研究、あるいは動物実験などからどんなに大きな効果が期待できそうであっても、臨床試験の証明がない限り、それが機能するかどうかは分からないのだという教訓で終わっている。

問題の、「厳密な無作為化臨床試験」の結果は、もちろん原典そのまま紹介されているわけではないので分からないが、問題もあるようにも思われる。というのは摂取するベータカロチンの量的な問題については触れられていないからである。一定量ベータカロチンのピルを与えたグループを、プラシーボを与えたグループとを比較し、がん予防の効果がないばかりか、リスクを高める可能性もあるという結果であるけれども、ベータカロチンはもともと多くの食品に含まれている物質だから、どちらのグループも平均して一定のベータカロチンを摂取しているはずであり、調査結果は平均よりも過剰に一定のベータカロチンを与えたグループと与えなかったグループとの比較になり、過剰のベータカロチンについての効果についてしか言えないはずである。もともと、当初からベータカロチンについては、がん予防効果はあるものの、過剰に摂取するとかえって良くないのだという警告もあったのであって、問題の臨床試験からも、過剰に摂取するのが意味がないか良くないという事しか言えないという可能性もあるように思われる。とにかく「厳密な」臨床試験といっても、完全な厳密さというのは容易なことではないのだと思わざるを得ないし、ある程度は直感的な判断もやむを得ない面もあることは認めなければならないだろう。

ベータカロチン問題が最初に話題になり始めた頃はインターネットはそれ程普及していなかった。当時と比べてインターネットがこんなにも普及した現在、何か本質的に変わったことは起きているだろうか。

その他の記事では何れの記事でもインターネットを含めた医学・医療情報へのアクセスが容易になったことに関わる問題への注目が含まれているが、次の記事はそのまとめのような形になっている。

(08/09/29) Logging On for a Second (or Third) Opinion (N) http://www.nytimes.com/2008/09/30/health/30online.html?ref=science

他の記事でもそうだが、特にこの記事では結論として、インターネットであらゆる種類、ソースの医学情報が氾濫し、それらに対し、患者を含めた医師以外の素人がインターネットで容易にアクセスできるようになってきたことを基本的に良いことだとし、幾つかの患者側、医師側双方の体験談から、具体的なサイトの紹介も含めて、この問題を総合的に検討している。

サイトの紹介では、一般情報 サイト、医学研究サイト 、患者サイト 、病名特化サイト、ウェブツール 、等のカテゴリーで幾つかのサイトを紹介しているが、general interest のカテゴリーではニューヨークタイムズの健康セクション自体も含まれている。

平凡な表現だが、この記事でもそう言われているように、一言でこの状況を表すとすれば、医療情報の民主化と言うより他はなさそうである。

インターネット情報というと何かとその信頼性の問題や、有害情報の問題が話題になる場合が多い。この記事ではその問題については非常に楽観的な結論になっていて、記事の最後の方で、次のような言葉で要約している。
Can online information be trusted? The answer, increasingly, is yes.(オンライン情報は信頼できるだろうか?答は常に「イエス」の方向に動いている。)
これには具体的な調査結果が示されていて、 Cancerジャーナルが乳がんについて調査した結果で間違った情報の率は5.2%であったとしている。また、最後に、Matthew Holt, who with Indu Subaiya created a conference, Health 2.0, that showcases innovation という人の「the marketplace in information can correct itself over time.」、また、In the end, he said, the more people you have in the conversation, the better information drives out the worse information. という話で記事が締めくくられている。

個人的にもおそらくその考えは正しいように思う。少なくともインターネットによって量的にも活用性という点でも豊になって来た医療情報に関しては、色々と社会における多くの医療上の問題が深刻になっている現在、一つの大きな救いであるといっても良いのではないだろうか。

ただ、日本語のサイト、日本の現状はやはり、英語のサイトに比べて不利な面、あるいは遅れている面もありそうなので、それは残念なことと言えるかも知れない。