ブログ・発見の発見/科学と言葉 [2006年12月~令和元年まで]

2020年6月22日、本サイトの更新と過去の記事はhttp://yakuruma.blog.fc2.com/ に移転しました。当面、令和元年までの記事が残されています。

以前のタイトル:ブログ・発見の「発見」―科学上の発見から意味を発見―

2007年に本ブログを開始したときは、ウェブサイト上の科学に関するニュース記事(BBCニュース、ニューヨークタイムス、および日本の有名新聞サイト)に関するコメントとして記事を書き始めました。現在、当初のようにニュース記事に限定することなく、一般書籍や筆者自身の記事を含め、本ブログ記事以外の何らかの科学に関わる記事に対するコメント、具体的には感想、紹介、注釈などの記事を書いています。(2019年4月)

金星の地殻とマントル、季候

ヨーロッパの金星調査衛星の新データに基づいた研究の記事がBBCニュースで報道されている。
(09/07/14) Probe hints at past Venus ocean (B)
この記事を読むと、確かに現在色々な意味で金星は興味津々の惑星であることが分かる。

今回の発見というのは、赤外線データよる金星の地図が作成され、高地に少しばかり温度の低い領域があり、低地とは組成が異なることが示され、それが地球の大陸を構成する岩石である花崗岩に近い可能性があるということである。そしてそれが実際に花崗岩質であったなら、金星の過去に海洋が存在し、プレートテクトニクスのメカニズムが存在したことになるとしている。

見出に見られるように「過去に海洋が存在した」ということに重点が置かれており、見出し下の要約では「the planet may once had a lot of water on its surface and even had a system of plate tectonic」とあり、記事の本文では「if there is granite on Venus, there must also have been an ocean and a process of plate movement in the past, say the team which publishes its map data in the Journal of Geophysical Research.」という記述がある。

こういった表現からは、これまで金星にはプレートテクトニクスという現象が無かったと考えられていたと受け取れる。「有るか無いか」が分からなかったのではなく、「無い」と考えられていたようなニュアンスである。さらに「有った」とすれば「there must also have been an ocean and a process of plate movement in the past」というように過去形で表現されている。この記事を見てから少しばかり他のサイトや本など、調べてみたのだが、以上の問題で必ずしもこの記事とは一致していないのが興味深い。

例えば日本惑星協会のサイト(http://www.planetary.or.jp/know_main.html)を見ると、金星について次のような記述がある。
「金星の地殻運動の一つに、巨大な円形構造を造ったと考えられているプリュームテクトニクスがある。一方、マックスウェル山などの褶曲山脈は、地球と同じプレートテクトニクスによるものと考えられている。どちらの地殻運動が支配的なのか、今後の地表の調査まで待たねばならない。」
こちらではすでに褶曲山脈の存在だけから、花崗岩の存在証明を待たずに、あるいはそれとは関係なく地球と同じプレートテクトニクスの存在がすでに証明されていたように受け取ることができる。しかもこの表現では必ずしも過去形ではなく、どちらかと言えば現在進行形と見られるような表現である。

もしかするとプレートテクトニクスの定義内容にも若干の相違があるのかも知れないとも思えるが、しかし、BBCニュースで発言しているドイツの研究者はなぜマックスウェル山などの褶曲山脈のことを無視しているのだろうかという疑問が起きる。また花崗岩の生成に水が関わっているにしても、現在海洋が存在しないことで現在プレートテクトニクスが進行している可能性がないのかという疑問も起きる。

さらに、今回の発見とは直接関係ないにしても、なぜプリュームテクトニクスに触れていないのかという疑問も起きる。というのもこの記事では簡単ではあるが金星の歴史全般にわたって、包括的に解説されてもいるからである。


そこでウィキペディアで金星の項目を調べてみる。
日本語版ではマントルの動きに関わるような記事は無かったが、英語版では、「The principal difference between the two planets is the lack of plate tectonics on Venus, likely due to the dry surface and mantle.」とあり、やはりBBCニュースの記事の前提に一致している。ただ、今回の発見で推定されるように、「過去に海洋が存在した」という事は初期の成分に地球と大きな差が無かったのであれば、「due to the dry surface and mantle」という根拠は多少弱められることになる。マクスウェル山については金星の地理のセクションで最高の山として言及されているが、プレートテクトニクスとの関わりには言及されていない。

プリュームテクトニクスについても言及がない。その代わりに、プレートテクトニクスに代わる地殻変動として次のような説明がある。「Venus instead undergoes a cyclical process in which mantle temperatures rise until they reach a critical level that weakens the crust. Then, over a period of about 100 million years, subduction occurs on an enormous scale, completely recycling the crust.」
プリュームテクトニクスについてはよく分からないが、これはプリュームテクトニクスとも違うようである。

個人的に、プリュームテクトニクスについては言葉とイラストによる説明を科学雑誌でちょっと垣間見た記憶はあるが、事実上殆ど知らなかったので、やはりウィキペディアで調べてみた。そして後から英語版でも調べてみたのだが、どうも色々な面で問題が浮上してきそうである。

というのは、日本語版の項目をみると「プルームテクトニクス(plume tectonics)は、1990年代以降の地球物理学の新しい学説。」という記述で始まり、「日本の深尾良夫(元東京大学地震研究所)や丸山茂徳東京工業大学)が提唱している。」となっている。そして「丸山茂徳」の項目をみると丸山教授がプルームテクトニクスという名称を1994年に提唱していることが分かる。ところが英語版をみると「mantle plume」という結構大きな項目があり1971年にW. Jason Morganという地球物理学者がそのコンセプトを発表したとある。この項目では日本の研究は全く言及されていないが、別に「plume tectonics」という項目はあり、そこで日本版にある内容が簡単に紹介されているにはいるのだが、「this is still a subject of intense debate」と言われ、「note is the current vigorous debate regarding whether mantle plumes exist or not」で終わっている。では「mantle plume」という項目と何処が違うのかと言うことになるのだが、結局のところプリュームテクトニクスとはマントルプリュームの規模と役割を重視し、これで多くの重要な現象を説明するということにある、と受け取った。「mantle plume」の項には「Some scientists think that plate tectonics cools the mantle, and mantle plumes cool the core.」という箇所がある。

日本語版では「マントルプルーム」という項目は存在せず「プルームテクトニクス」に転送される。

言葉の問題として、「マントルプルーム」と「プルームテクトニクス」とは項目を分けるという英語版の行き方が概念の明確化のためには優れているような気はする。しかし、「mantle plume」の項目で全く「plume tectonics」に言及することがないというのもどうかと思える。また日本惑星協会の記述が可成り断定的であることを思えば、欧米の学者が金星の問題でプリュームテクトニクスを無視していることにも不信感を禁じ得ない。


最後に、BBCニュースのこの記事でも金星の季候問題におよんでいるのだが、確かに現在の季候問題も地殻やマントルを含めた金星全体の歴史に微妙に関わってくる問題であるから当然のことである。ただ相変わらず地表の460℃という高温の問題が例のごとくCO2の温室効果だけで説明されている。それがプレートテクトニクスやプリュームテクトニクスに対する以上の様なスタンスと関わりがあるようにも思われるが、残念ながら今はよく分からない。たで現在の火山活動に関わってくる可能性があることは分かる。いずれにせよ、地球以上に分からないことだらけの金星の地表の温度をいくら濃厚な大気の主成分がCO2であるからとはいえ、地表の温度についてだけは確定された事実であるかのように、CO2の温室効果だけでかたづけてしまうのは素人から見ても乱暴に過ぎると思われる。